
来歴
中澤は三郷工業技術高校卒業後に、
ブラジルへサッカー留学をしました。
ブラジルのサッカークラブ・FCアメリカを経て、
1998年に東京ヴェルディ1969(当時はヴェルディ川崎)に練習生契約で入団。
この間年代別の代表に呼ばれることはありませんでした。
しかし、1999年にプロ契約して、レギュラーを獲得すると、
その年のJリーグ新人王に輝きました。
1999年、シドニー五輪をめざすトルシエのチームに召集されると、
シドニー五輪本大会にも出場をし、
そしてそのまま「昇格組」としてフル代表にも選出されました。
しかし、その後は不調に陥り、
2002年の日韓共催W杯には選出されませんでした。
2002年に横浜F・マリノスに移籍してからは、
2003年と2004年にチーム初の2連覇を達成しました。
2003年には、第1、第2ステージ完全制覇に、2004年第1ステージ優勝と、
3ステージ連続優勝の偉業を達成し、
更に、2004年度はJリーグMVPを受賞しました。
ジーコ監督になってからは、代表チームの主軸選手として活躍をし、
2006年6月、ドイツW杯の全試合にフル出場を果たしました。
帰国後は日本代表引退を公言しましたが、
2007年2月、千葉県内で行われる日本代表候補合宿の
オシムジャパン体制でメンバーに初選出されると、
ドイツW杯以来の代表復帰となりました。
3月24日のキリンチャレンジカップ・ペルー戦にフル出場を果たし、
続くキリンカップ・モンテネグロ戦でも
日本代表DF最多記録の自身10得点目を挙げるなど、
日本を代表するトップDFとして、
健在振りを発揮しています。
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